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2010年11月 アーカイブ

睡眠は逃避行動なのか

むかしの人みたいに、眠りは死と同じものだ、と考える現代人はいません。


ですが、ふたたびシェイクスピアに登場してもらいましょう。


ハムレットは、「生か、死か、それが疑問だ」という有名な台詞につづいて、こう言います。


「死は眠りにすぎぬ・・・それだけのことではないか。


眠りに落ちれば、その瞬間、一切が消えてなくなる。


胸を痛める憂いも、肉体につきまとう数々の苦しみも。


願ってもないさいわいというもの。


死んで、眠って、ただそれだけなら!眠って、いや、眠れば、夢も見よう。それがいやだ。」


・・・逃避としての眠りがうまく機能しないとき、浅い眠りに苦しめられます。


不快な夢、不吉な夢にうなされるのです。


起きたからといって、気分がすぐれるわけでもありません。


いっそ、眠りなんてなかったらどんなに楽だろう、と思ってしまいます。


眠りをこんなふうに解釈している人もいるはずです。


夜尿常習のこどもだって、羽毛 布団 販売で購入した布団をおもらしで濡らしてしまったら、布団やシーツを眺めながらそう思うことが多いでしょう。

時間つぶしとしての眠り

かつて長い夜をぶじにすごすことに、人類は苦労したことでありましょう。


明と暗とは、文字どおり外界の光の強さであるばかりか、私たちの心の明暗にも強い影響をおよぼしています。


周囲が暗いと、人は不安になるのです。


動物界の一員としてのヒトは、視覚に頼る哺乳類ですから、目から入る情報がすくなくなると、不安になるのはとうぜんです。


それに、外敵が近づいてもわかりませんから、襲われる危険も増大します。


気温も下がりますから、身体は消耗します。


手探りでは仕事もはかどりません。


こういう不利な時間帯には、できるだけ安全な場所にじっと隠れていることが得策でありましょう。


そして、保温のよい羽毛 布団 通販で買ったねぐらのなかで休息することです。


闇夜の恐怖を避けるには、眠って感覚・知覚を遮断することもたいせつです。


勝手に動き出さないように、ブレーキをかける(筋肉を弛緩させる)ことにも意味があります。


それゆえ、恐いから眠って避けるという技術は、不安で眠れないという一面の裏返しでもあるのです。


恐怖のあまり気が遠くなる、立ちすくむ、眠くなる、といった情動変化は、一見矛盾するようですが、じつは表裏一体のもので動物界にひろくみられる合目的性のある行動です。

眠るということ

もうすこし程度が軽いばあいがあります。


嫌なこと、気のすすまないことにも眠気が伴いますよね。


退屈な会議、むずかしい本、単調な仕事などはよい例です。


眠れるということは、とりもなおさず、いましていることは好ましくないからやめてしまえ、と判断していることになるのです。


それほど能動的に逃げるつもりではなくても、することがないと眠気がおこります。


電車のなか、つまらない講演のさなか、食事のあと・・・


どれほど多くの人が居眠りをしていることでしょう。


眠るしか方法がないというわけです。


逆に、することが多いと眠ってはいられません。


緊急の事態があれば、どんなに眠くても、布団 羽毛があったとしても、眠気のほうが逃げてしまうでしょう。

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